概論

日本における農業土木の歴史 〜中世〜

農業土木は、自然に存在する土・水を、農業に効率的に利用できるように発達した土木技術です。

水田農業を軸に、日本の農業の発展に大きな影響を与えました。

農業の歴史を振り返りながら、農業土木の技術進歩の遍歴を確認するため、

  • 古代
  • 中世
  • 近世
  • 近代
  • 現代

にわけてまとめてみました。

今回は、中世での農業土木について紹介させていただきます。


開田の推進

農業土木の技術が発達したため、特に開墾などの農地拡大を推進し、農家を潤わせて税を安定して取りやすく施策が取られました。

723年に3代まで開墾した土地の所有を認められるようになる「三世一身法」が制定されました。

しかし、私有期間が切れてしまう最後の代では土地を取り上げられてしまうため、農地が手入れされずに荒田に戻る問題が発生しました。

そのため、開墾した土地は永年で所有できる墾田永年私財法」が743年に制定され、開墾する意欲も活発になることで、農業土木の技術も発達していきます。

班田収受は902年以降行われなくなり、戸籍で人に対して課税されていたのが、土地に対して課税されるようになりました。

税務官として、地方のトップである国司に権限が与えられ、国司の権力が拡大していくきっかけにもなりました。

班田収受廃止以降、良質な土地や新たに拡大された土地などは、次々と地方の権力者のものになっていき、荒廃な土地を持つ庶民の土地は次々と捨てられていきました。

荒廃した土地を管理する者が必要になり、国司がそれを担うようになりました。国司の中でも、現地に赴任した国司の内最上位の者を「受領」と呼び、目代と呼ばれる代理人を派遣した者を「遥任」と呼びました。

受領から田地の耕作を請け負う有力農民(田堵)のうち多くの名(課税対象となる田)を経営する大名田堵が現れました。

荘園の始まり

公家や寺社、武家など支配層による活発な開墾による大規模な私有農園を荘園と呼びます。

大規模農地の管理所・倉庫などの「荘」の管理区域が「荘園」になります。

荘園が大きく成長することで、荘園領内での水田管理体制が出来上がります。

私的農地所有の拡大という悪い見方がされがちですが、荘園体制のおかげで集約効果が発生し、農業生産力の向上がしました。

寄進により荘園が拡大しますが、田地の半分は公領として国司が管理しており、荘園と公領の2つの土地利用形態が起こったため、「荘園公領制」が出来上がります。

10世紀以降の荘園では、「不輸の権」という税の免除が一部または全部で認められ、「不入の権」という国の関係者の立ち入りを拒否できるなど特権が認められていきます。

国司から認められた荘園を「国免荘」、朝廷から認められた荘園を「官省符荘」とされました。

11世紀頃になると国司の命で、田地の経営・開発を行っていた大名田堵の中には、開発した農地が公領に取り込まれること嫌う者が現れ、貴族や寺社に名を寄付する「寄進」が進み、これらの荘園を「寄進地系荘園」と呼びます。


鎌倉時代における水利開発

荘園ごとによる独自の水田開発は進みましたが、荘園を横断するほとの大規模な水利開発は行われませんでした。

鎌倉幕府が、国ごとに守護、荘園・公領ごとに地頭を配置しました。

次第に巨大になっていく荘園領主同士の土地争いや税を盗む盗賊対策などのため、農民が傭兵とし、これが武士の始まりになります。

鎌倉幕府の成立後、荘園領主・国司などが幕府に奉公する御家人になり、その御恩として、本領安堵(所領支配を保証)または新恩給与(新たな土地給与)が与えられました。

地頭は、従来の荘園の枠を超えた灌漑用水を開発したり、一般百姓に耕作させるなどの勧農行為をとおして、在地に対する支配力を強めていきます。

木曽川・信濃川・加茂川などの流域において、支流利用の水田開発が行われるなど、現在の農地開発の基礎になります。

また、二毛作や鉄製農具の普及により、農業生産が飛躍的に増加し、農民が一定の経済力をつけるようにもなります。

室町時代における「惣」の形成

室町幕府の成立後、大田文と呼ばれる土地台帳を作成していた「守護」が強い権力を持ちました。

荘園領主と年貢納付の請負契約を結び、実質的に荘園への支配を強める守護請も行うようになり、この守護請に拠って、守護は土地自体を支配する権利(下地進止権)を獲得します。

守護直轄の守護領が生まれ、強い経済力をもって、在庁官人の他、国内の地頭・名主と言った国人をも家臣(被官)にし、土地と人の両面で、国内に領域的かつ均一な影響力を強めて行きます。

これを一円知行と呼び、国内または数ヵ国内に領域的・一円的な軍事・警察権能、経済的権能の支配を獲得した守護を「守護大名」と呼びます。

様々な階層により複雑な支配体制が敷かれていた農地も、守護大名のもと一円支配を受け、国としてのまとまりが生まれました。

また、鎌倉時代から室町時代に進むにつれて、全国的に戦乱が相次ぎ、自己防衛ために村落単位で団結する傾向が強まります。

村落共同体として「惣」と呼ばれる自治機構が形成され、農業水利の末端を管理する組織が確立します

幹線を地方自治体、支線を地元水利組合が管理するという、現在の水利構造の原型が出来上がります。

まとめ

今回は、中世での農業土木について紹介させていただきました。

勉強に使用した本をこちらでまとめさせていただいております。

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