生物多様性基本法では、「生物多様性」を「様々な生態系が存在すること並びに生物の種間及び種内に様々な差異が存在すること」と定義しています。
生物多様性は以下の3つの多様性に分かれています。
- 「様々な生態系が存在すること」=「生態系の多様性」
- 「生物の種間に様々な差異が存在すること」=「種の多様性」
- 「生物の種内に様々な差異が存在すること」=「遺伝子の多様性」
※「①遺伝子②種・個体群③群集・生態系④景観」の4段階に分けられることもあります。
この3つのレベルでの多様性全てが豊かでないと生物多様性が豊かにはならず、ひとつでも欠けると生物多様性は成立しません。
工事などで多様性が脅かされる場合があり、これら全てに配慮していくことで、生物多様性を豊かにすることができます。
目次
「生態系の多様性」への配慮について
生態系とは、「生物多様性条約」の定義では「植物、動物及び微生物の群集とこれらを取り巻く非生物的な環境とが相互に作用して一つの機能的な単位を成す動的な複合体」とされています。
生物は、他の生物種と生存競争の中で相互依存的に生息しています。様々な生物種が交わり、気候や地質など自然環境により異なり、それに伴って多様な生態系が存在することになります。
森林・河川・湖・湿原など多様な環境が存在し、それぞれの環境に適応した生物がその環境における特有な生態系を形成します。
「相互作用から構成される生物群集+無機的要因の環境」が創り出す様々な生態系が存在する、これを「生態系の多様性」と言います。
「生態系の多様性」への配慮においては、工事に伴い影響が予測される注目種等を明確にし、これに対する環境保全措置を考え、生物が多様な自然とのつながりを保てるようすることが重要です。
そこで、「生態系の多様性」への配慮について、以下の3つが重要になります。
- 生物の生息・生育空間の確保
- 生物の生息・生育空間の回復・創出
- 生物の生息・生育空間のネットワーク化
①生物の生息・生育空間の確保
生物が元から生息している場所は、その生物がその場所に順応し、繁殖を繰り返している重要な場所です。
なかには原始的な自然や希少な生物特有の自然環境も存在しています。
しかし、工事などが行われると、本来の生息環境から全く別の環境に変化し、生物多様性の減少につながり、生物の絶滅などといった問題につながる恐れがあります。
このようなことから、工事施工箇所の適正な配置・最小化に配慮し、生物の生息・生育空間を確保します。
配慮の例
- 原生的自然は原則として現状のままで保全する。
- 動植物の生息・生育環境を保全する。
- 貴重な地形、地質はその形態が失われないようにする。
- 貴重な地形、地質で工事する場合は適切な利用形態により環境への影響が少ない規模、配置にする。
- 貴重な生態系を有する大径木や湿地等は保全する。
- 水源地への影響を考慮して事業地を選定する。
- 自然環境の改変の少ない工法、構造を採用する。
- 土地の改変を最小限に留めるルートを採用する。
- 水質汚濁や土砂流出等の影響を少なくする。
②生物の生息・生育空間の回復・創出
出典:いんばぬま情報広場
工事などを行うと少なからず失う自然環境が発生する場合や、残された環境も変化する場合により、多様な生態系へ影響を及ぼす場合があります。
このようなことから、生物の生息・生育空間の復元や自然素材を積極的に取り入れて、生物の生息・生育空間の回復・創出に配慮します。
配慮の例
- 工事に伴って一時的に改変した自然環境を復元する。
- 創出・樹木を植栽し緑地を創出する。
- エコトーン(質の異なる環境の移行帯)を創出する。
- 木材、自然石等の自然素材を利用する。
- 木炭吸着、礫間浄化等の水質浄化対策を行う。
- 産卵場や育成場の造成等の整備を行う。
- 水域の連続性を保つためスリットダム、魚道等を採用する。
- 動物の移動に配慮した工法とする。
- 水路等の構造物は小動物が脱出できる仕様とする。
③生物の生息・生育空間のネットワーク化
生物の生息・生育場所が分断されたり、十分な生息空間が確保されなくなった場合には、自然環境のネットワークの形成や点在した環境をつなぐための新たな緑地帯を作ることにより、生物の生息・生育環境の機能を回復させることができます。
このようなことから、野生生物の移動経路を設置したり、コリドー(回廊)を整備するなど、生物の生息・生育空間のネットワーク化に配慮します。
配慮の例
- 野生動物の移動経路を設置する。
- コリドー(回廊)として、森林の連続性を確保する。
- 樹木を伐採する場合、伐採量を最小限にとどめる。
- 建物には壁面及び屋上の緑化を行う。
どのようにコリドーを繋いでいくか、エコロジカルネットワーク(ビオトープネットワーク)の概念が重要です。
ネットワーク化の原則としてJared Mason Diamondが提唱した「生物生息空間の形態・配置の6つの原則(ダイヤモンドの6原則)」で示されています。
エコロジカルネットワーク(ビオトープネットワーク)については、下記記事で詳細にまとめましたのでご参照ください。
参考ページ:「生物生息空間の形態・配置の6つの原則」について
「種の多様性」への配慮について
「種」とは生物分類上の基本単位で、生物群集に多くの生物種が共存していることを「種の多様性」と言います。
生物群集に存在する種の数が多いほど多様性は高くなりますが、各種間の個体数に偏りがあると多様性は低くなります
そのため、「種の多様性」を示す要素として、「種の豊富さ」と「均等度」の2つがあります。
「種の豊富さ」とは種の数、「均等度」とは各種間の個体数の等しさを言います。
生物群集における多様性は3つあります。
- α多様性:生息場所・群衆内部にどれだけ種がいるか
- β多様性:地域での環境の変化に沿った種の組成がどれだけ変化するか
- γ多様性:地域内における群集間の違いがどれくらいあるか
固有種が存在するエコトーンは生物多様性のホットスポットであり、種の多様性への配慮において特に注意する必要があります。
異なる生態系の境界を移行帯(エコトーン)と言い、日光の照度・温度・湿度などが比較的限られた空間の中で大きく変化することによって、そこにしか生息しない固有種が存在することが多く、隣接する地域よりも生息する種の数や個体密度が一般的に高くなっています。
生物の生息・生育環境を変化、減少、分断することによって、個体群落の交流が途絶え、繁殖力、交雑力が低下すると絶滅の危機に直面する種が現れるおそれがあります。
「種の多様性」への配慮においては、多様な生物種が共存できるよう野生生物を保護、保全し、それらの生息、生育する環境の保全や創出することが必要です。
そこで、「種の多様性」への配慮について、以下の4つが重要になります。
- 希少種の保全
- 動物の移動ルートの確保
- 緑地、水辺環境の保全・創出
- 騒音等環境影響要因の排除
①希少種の保全
希少種は、個体数が少なく、生息・生育地が局所的で孤立しているなどの特徴があり、生息、生育密度が低く、環境条件の変化に弱い種であることが多いです
ですから、個体数の減少や環境条件の悪化を招かないよう配慮する必要があります。
このようなことから、希少種の生息・生育地はできる限り保全し、その自然環境を保護するための緩衝帯を確保するなどに配慮します。生息・生育環境を縮小しなければならない場合は、代替環境の創出や一時的な避難などの措置が必要になります。
配慮の例
- 希少な動植物の生息・生育地は保全する。
- 希少野生生物が生息・生息している地域では、それらを保護するため、緑地等の緩衝地帯を確保する。
- モニタリングの実施により希少種を把握し保全する。
- 希少野生生物の生息・生育環境を考慮し、水質汚濁や土砂流出等の影響を少なくする。
②動物の移動ルートの確保
動物は、種ごとに行動範囲が一定であり、特に中・大型哺乳類では広範囲において一定の移動経路をもつことが多いと言われています。
しかし、工事などにより移動経路が縮小・分断されると動物の生息場所が細分化され、種の多様性に影響を与えることになります。
このようなことから、生息地への影響を最小限に留めるルートの検討、移動経路を分断する場合には、動物が移動できる通路を設置する配慮を行います。
配慮の例
- 動物の生息地の改変を最小限に留めるルートを採用する。
- コリドー(回廊)として、森林の連続性を確保する。
- 移動ルートを分断する場合は、動物が移動できるトンネル、横断橋を設置する。
- 水域の連続性を保つためスリットダム、魚道等を採用する。
- 長大法面となる場合は、その区間延長を短くするよう配慮する。
- 動物の移動に配慮した工法とする。
- 水路等の構造物は小動物が脱出できる仕様とする。
③緑地、水辺環境の保全・創出
緑地は、多種多様な生物が生息・生育し、水辺は水面に近接した岸の周辺を指し、水生生物や鳥類などの生息域となっているだけではなく、陸上動物が水辺に水を飲みに来るなど、生物にとって重要な生息環境となっています。
このようなことから、緑地や水辺環境の保全、新たな緑地やエコトーンの創出などに配慮します。
配慮の例
- 原生的自然は原則として現状のまま保全する。
- 水源地への影響を考慮して事業地を選定する。
- 貴重な地形、地質はその形態が失われないようにする。
- 貴重な地形、地質で工事する場合は適切な利用形態により環境への影響が少ない規模、配置にする。
- 自然環境の改変の少ない工法、構造を採用する。
- 水質汚濁や土砂流出等の影響を少なくする。
- 樹木を植栽し緑地を創出する。
- エコトーン(質の異なる環境の移行帯)を創出する。
④騒音等環境影響要因の排除
騒音・振動・汚水・光害など野生生物に様々な影響を与えています。
野生動物の営巣や繁殖期に工事を行うと、営巣や子育てを放棄することがあります。
また、昆虫類には光誘因性がある種があり、照明施設により行動が攪乱されることがあります。
このようなことから、環境影響要因をできるだけ排除する、動物の繁殖期を避けるなどの配慮を行います。
配慮の例
- 騒音、振動防止に配慮する。
- 汚水、濁水の発生を軽減する。
- 光害に配慮する。
- 規模、形状、色彩等について周辺環境との調和を図る。
- 野生動物の繁殖、産卵時期を配慮した工程とする。
- 自然環境への影響期間を分散、短縮する。
- 化学物質の流出を防止する。
「遺伝子の多様性」への配慮について
同種でも遺伝子レベルでみれば異なっており、遺伝子のバリエーションの豊富さを「遺伝子の多様性」と言います。
種として持っている遺伝子の種類が多いほど、遺伝子の多様性が高いということになります。
生物は、変化していく環境に順応するため、同種であっても生息環境の違いに応じて体の大きさ・行動・器官の発達などに少しずつ違いがあります。
遺伝子の多様性は、「地理的に隔たった集団間の変異」と「単一の集団内に見られる変異」の2つの遺伝的違いに意味があります。
「地理的に隔たった集団間の変異」とは、別の地域に生息している集団を遺伝子レベルで比較したとき、同種でも互いに大きく異なっていることが少なくありません。
同種であっても他の地域から動植物を持ち込むことは、その地域固有の遺伝子を撹乱することになり、逆にその種を絶滅させることもあり得ることから、十分に注意する必要があります。
「単一の集団内に見られる変異」とは、同種であっても個々の個体はそれぞれ固有の遺伝的特徴を持っています。
遺伝子の個性によって、各個体ごとに伝染病や害虫などに対する抵抗力が異なり、全ての個体が同じ病気にかかって絶滅することを回避することができます。
「遺伝子の多様性」への配慮において、その地域固有の遺伝子を維持するとともに、「遺伝子の個性」の減少を避けることが重要です。
そこで、「遺伝子の多様性」への配慮について、以下の2つが重要になります。
- 遺伝子撹乱の排除
- 動物の移動ルートの確保
①遺伝子撹乱の排除
人為によって直接的・間接的に他地域から持ち込まれた個体(外来種)が、在来種と交雑することにより遺伝子の撹乱が起きます。
また、交雑した種が分布拡大することによって、在来種の生育区域を侵すことになり、在来種の絶滅にもつながります。
このようなことから、外来種を持ち込まない、既に侵入しているものは除去するなどの配慮を行います。
配慮の例
- 植栽等の緑化には郷土種、在来種を活用する。
- 事業地への外来種の持ち込み防止をする(重機、作業員靴底の清掃)
- 外来植物の除草、外来動物の捕獲等を行う。
- 生息地が限定される種は、同一地域内に移動・移植する。
- 高山帯等特有の環境では、オオバコなどの国内外来種の侵入防止対策を行う。
②動物の移動ルートの確保
動物は、種ごとに行動範囲が一定であり、特に中・大型哺乳類では広範囲において一定の移動経路をもつことが多いと言われています。
しかし、工事などにより移動経路が縮小・分断されると動物の生息場所が細分化され、種の多様性に影響を与えることになるのは前述どおりです。さらに遺伝子の多様性が減退し、近交弱勢などの現象が発生します。
このようなことから、動物の遺伝的交流を維持するために移動ルートを確保したり、動物の移動を阻害しない構造物の施工に配慮します。
配慮の例
- 動物の生息・生育地の改変を最小限に留めるルートを採用する。
- コリドー(回廊)として、森林の連続性を確保する。
- 移動ルートを分断する場合は、動物が移動できるトンネル、横断橋を設置する。
- 水域の連続性を保つためスリットダム、魚道等を採用する。
- 長大法面となる場合は、その区間延長を短くするよう配慮する。
- 動物の移動に配慮した工法とする。
- 水路等の構造物は小動物が脱出できる仕様とする。
まとめ
3つの多様性(生態系・種・遺伝子)への配慮についてまとめました。
生物多様性は以下の3つの多様性に分かれており、3つのレベル全ての多様性が豊かである必要があります。
- 「様々な生態系が存在すること」=「生態系の多様性」
- 「生物の種間に様々な差異が存在すること」=「種の多様性」
- 「生物の種内に様々な差異が存在すること」=「遺伝子の多様性」
生態学についてより深く勉強するのに、おすすめの書籍をまとめていますのでご参照ください。