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保全対象種「アンブレラ種・キーストーン種・希少種・象徴種」について

保全対象種「アンブレラ種・キーストーン種・希少種・象徴種」について
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公共事業等の計画において、対象となる地域において保全・再生・創出する生態系を決めます。

ただ、全動植物種に対して調査・保全対策をすることは物理的に不可能であるため、効果の確認・モニタリングがしやすく、地域の生態系を代表する数種類の生物を、保全対象種として選定して必要な対策を講じます。

保全対象種の選定方法は、各基準によって異なりますが、基本的に以下に示す項目を総合的に検討して決定することが必要であると、農林水産省では指針が示されています。

【保全対象種の選定基準】

  1. 地域の環境改変の影響をもっとも強く受けて減少したものとして、絶滅危惧種等
    希少種
  2. 食物連鎖のかなめとなるなど地域の生態系全体の安定に寄与しているキースト
    ーン種や、広範囲のネットワークや裾野を占める多くの野生生物が存在しない
    と生きていけない高次消費者と呼ばれる大型の肉食性のアンブレラ種など、地
    域の野生生物全体を含んだ生態系保全の上で指標性の高い生物種
  3. 事業の影響を受けやすい種
  4. 農家を含む地域住民の意向・営農とのかかわり、歴史的な重要性
  5. 有識者の指導・助言

要するに、保全対象種は「アンブレラ種・キーストーン種・希少種・象徴種」というカテゴリーに分けられます。

保全対象種に選定されるこの4カテゴリー種について、詳しく解説していきます。

アンブレラ種(umbrella species)

アンブレラ種

アンブレラ種(umbrella species)は、地域の生態ピラミッドの最高位である大型肉食動物(高次消費者)で、その生育環境を守ることで生態ピラミッドの下位にある多種多様な生態系を傘を広げるように保護できると考えられる種です。

高次消費者は生息地面積要求性が高いので、アンブレラ種の環境を整えることで広範囲を対策できます。

1つの種で広い生息地の保全指針になるので、広域農道整備などの大きな公共事業で保全対象種の選定理由に使われます。

アンブレラ種と考えられている例は以下の通りです。

【アンブレラ種の例】

  • クジラ
  • シャチ
  • ジュゴン
  • トラ
  • ツキノワグマ
  • ヒグマ
  • イリオモテヤマネコ
  • オオタカ
  • イヌワシ
  • フクロウ
  • カンムリワシ

アンブレラ種の問題点

「大型肉食動物はアンブレラ種にはなりえない」という主張もあります(Buskirk SW (1999) Mesocanivores of Yellowstone. )。

生息地に特異性・バリエーションが現れる「中型肉食動物」のほうが、守るべき生息地の質が高いのでアンブレラ種に適している可能性が示唆されているのです。

また、「シカの食害で森が枯れて、クマがアンブレラ種として効果的でない」など、アンブレラ種として本当に機能しているか疑義がある種が増えています。

アンブレラ種であるか否かという研究も多くされており、一例を以下のまとめておきます。

キーストーン種(keystone species)

キーストーン種について

キーストーン種(keystone species)は、個体数は少ないが、生物群系・生態系全体のバランス安定に大きく寄与していると考えられる種です。

捕食者に多いのでキーストーン捕食者とも呼ばれますが、生産者・分解者・生態系エンジニアなどにも適用されています。

「キーストーン」とは、西洋建築のアーチ・石橋に入れられる小さい楔型の石で、石組を安定させるための要石として必須の存在です。

小さな1つの欠損が全体を破壊する大きな影響力がある点が同義であるため、個体数が多い優占種とは異なるキーストーン種と名付けられました。

中枢種・鍵種とも表現されることもあり、「自身のバイオマスの増加に対して影響力が非線形増加を示す種」(Paine RT (1996)Challenges in the quest for keystones. )と説明されることもあります。

キーストーン種 説明 ラッコ

説明にはラッコが良く用いられ、ラッコの存在が被食されるウニの増殖を抑え、ジャイアントケルプの海中林が維持されます。

しかし、シャチによる被食・ラッコ猟によってラッコが生息しなくなった地域では、ウニによる藻場食害が発生して海底が裸地化し、藻場に生息する多様な生物が生息できなくなったのです。

キーストーン種の再導入を行って、失われた生態系の復元を試みます。

キーストーン種として確認されている例は以下の通りです。

【キーストーン種の例】

  • ニホンオオカミ→シカ(-)→下層植生(+)
  • ハイイロオオカミ→エルク(-)→ポプラ・ヤナギ(+)
  • アフリカゾウ→アカシア(-)→サバンナ(+)・小動物の生息地(+)
  • オグロヌー→草原(-)→樹木(+)
  • ヒョウ・ライオン→オリーブヒヒ(-)→農産物被害(-)
  • オオコウモリ・ハチドリ・ヒクイドリ・ミツバチ→種子散布(+)
  • キツツキ・アオゲラ→樹洞(+
  • インドハゲワシ→腐肉食動物(-)→病気(-)
  • ラッコ→ウニ(-)→ジャイアントケルプ(+
  • ビーバー→湿生植物種(+)
  • プレーリードッグ→草原(+)
  • ナキウサギ→土壌水分率(+)→洪水(-)・河川水+
  • シロアリ→アナホリフクロウ・アリツカゲラ+
  • サケ→連続した河川環境(+)
  • パープルシースター(Pisaster ochraceus)→ムラサキイガイ(-)→フジツボ(+)
  • アオブダイ→藻(-)→サンゴ礁(+)
  • オオクチバス→ミノー(-)→動物プランクトン(-)→植物プランクトン(-)
  • ブルークラブヨーロッパタマキビ(-)→湿性植物(+)
  • サワロサボテン→サバクシマセゲラ・サボテンミソサザイ(+)

キーストーン種の事前特定

生態系は複雑であるので、どの種がキーストーン種であるか否かの判定は、生態系の崩壊を観察するしかありません。

系が異なると同じ種でもキーストーン種にはならない系依存性が大きな障壁になります。

そこで定量的にキーストーン種性をはかる指標として、群集重要度CI(Community Importance) が導入されています。

種の変化量に対する生態系の変化の大きさを示すもので、以下の式で表すことができます。

CI=d(trait)/dp*1/(trait)≒(N-tD)/tN*1/pi

p:量を変化させた種の密度
trait:生態系の定量的な性質
N:種iを取り除く前の系の定量的な性質
tD:取り除いた後の性質
pi:取り除く前の種iの密度

CIの分布を測ることで、他の種より突出したCIを持つ種がキーストーン種になります。

ただ、野外での取り除き実験を行うのは時間的・物理的に不可能に近く、キーストーン種の事前特定は非常に困難です。

アンブレラ種とキーストーン種の違い

アンブレラ種もキーストーン種も現存量(バイオマス)が少ない点では同じです。

ただ、アンブレラ種は生態ピラミッドの最高位であるが、生態系の要になるところにキーストーン種は位置するので上位・下位どこにでも存在します。

また、キーストーン種の欠損は生態系全体に大きな影響を与えますが、アンブレラ種の欠損は必ずしも生態系全体の破綻に繋がるとは限りません。

保全対象種に選定されるこの4カテゴリー種は複数に跨りますが、キーストーン種が必ずアンブレラ種にはなりません。

希少種(rare species)

希少種

希少種(rare species)は、天然記念物・絶滅危惧種・希少野生動植物種・地域固有種に該当する種です。

日本の1991年版レッドリストで使用されていた旧カテゴリでは「存続基盤が脆弱な種または亜種」と定義されていました。

生息条件の変化に弱い・現象圧が強まっているなどの共通条件はありますが、ここの生物によって置かれている条件は異なります。

【希少種の例】

  • オオサンショウウオ(特別天然記念物)
  • イリオモテヤマネコ(CR)
  • トウキョウサンショウウオ(特定第二種国内希少野生動植物種)
  • 琵琶湖のコイ在来型(LP)

天然記念物

文化財 図

引用:文化遺産オンライン

天然記念物は、「動物・植物・地質鉱物で我が国にとって学術上価値の高いもの」のうち、重要なものです。

また、保護すべき天然記念物に富んだ代表的一定の区域ごと指定することもできます。

国指定の天然記念物は「文化財保護法」各地方自治体指定の天然記念物は「文化財保護条例」に基づいて指定されたものです。

国指定天然記念物の中でも、さらに世界的・国家的に重要なものが、「特別天然記念物」に指定されます。

天然記念物に指定されたものは、文化庁長官の許可・各地方自治体長の許可がなければ、採集・伐採・採掘などができません。

絶滅危惧種

絶滅(EX)すでに絶滅したと考えられる種
野生絶滅(EW)飼育・栽培下あるいは自然分布域の明らかに外側で野生化した状態でのみ存続している種
絶滅危惧Ⅰ類 (CR+EN)絶滅の危機に瀕している種
絶滅危惧ⅠA類(CR)ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの
絶滅危惧ⅠB類(EN)ⅠA類ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの
絶滅危惧Ⅱ類 (VU)絶滅の危険が増大している種
準絶滅危惧 (NT)現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種
情報不足(DD)評価するだけの情報が不足している種
絶滅のおそれのある地域個体群 (LP)孤立した地域個体群で、絶滅のおそれが高いもの

レッドリストとは、絶滅のおそれのある野生生物の種のリストで、国際自然保護連合 (IUCN)・環境省・地方自治体が作成しています。

このリストは、上図に示した9カテゴリーで作成されます(都道府県では固有カテゴリーあり)。

絶滅危惧種とは、レッドリストの「絶滅危惧I類・絶滅危惧IA類・絶滅危惧IB類・絶滅危惧Ⅱ類 」のいずれかに分類された種のことです。

環境省自然環境局 生物多様性センターが企画している「いきものログ」で簡単に検索することができます。

希少野生動植物種

指定区分捕獲等陳列・広告譲渡等輸出入
国内希少
野生動植物種
絶滅のおそれがあると判断される種原則禁止 原則禁止 原則禁止輸出
原則禁止
特定第一種
国内希少
野生動植物種
 原則禁止規制対象外
(事前届出)
規制対象外
(事前届出)
規制対象外
特定第二種
国内希少
野生動植物種
販売・頒布の目的のみ禁止輸出
原則禁止
国際希少
野生動植物種
渡り鳥条約等に基づく種規制対象外原則禁止 原則禁止承認義務
ワシントン条約附属書Ⅰの掲載種 規制対象外原則禁止
(登録受ければ可)
承認義務

絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)に基づき、国内に生息・生育する絶滅のおそれのある野生生物のうち、人為の影響により存続に支障を来す事情が生じていると判断される種(または亜種・変種)を「希少野生動植物種」に指定してされています。

捕獲・譲渡等の規制、保護増殖事業計画の策定による個体の繁殖の促進や生息・生育環境の保全などの事業が実施されています。

希少野生動植物種は、以下のように分類されます。

  • 国内希少野生動植物種
  • 国際希少野生動植物種
  • 緊急指定種
  • 特定第一種国内希少野生動植物種
  • 特定第二種国内希少野生動植物種

令和5年1月現在、国内希少野生動植物種は442種指定されており、その一覧は環境省HPで公表されています。

地域固有種

地域固有種は、交流が断絶された地域個体群が種分化をした生物種(種・亜種・変種)のことで、特定地域にのみ生息している特産種です。

世界の「生物多様性ホットスポット」に選ばれるほど、日本は固有種がとても多い地域になります。

しかし、日本固有種の把握が十分に進んでおらず、固有種として参照することが難しく、以下に該当するものが地域固有種として選定できます。

  • 国立科学博物館「日本固有種目録
  • レッドリストの絶滅のおそれのある地域個体群 (LP)
  • 指定希少野生動植物種(都道府県条例指定)

象徴種(symbol species)

象徴種(旗艦種)

象徴種(シンボル種symbol species・フラグシップ種・フラッグシップ種flagship species)は、地域の環境保全活動の重要性を社会にアピールするため、象徴として選定された種です。

フラッグシップとは、艦隊の指揮をとる司令官が搭乗する軍艦「旗艦」のことで、転じて「同種のもののうち最も優れたもの、最も重要なもの」と意味があります。

アンブレラ種・キーストーン種・希少種や地域固有種が選ばれる稀有な事例もあるが、往々にしてマスコット・スターが選ばれます。

学術的な重要性は無視され、地域コミュニティ・観光客と親和性・共感性が高く、環境保護や生物多様性に関心を引くことが最重視です。

NGO・地域の保護団体が、観光誘致・関連商品販売・ラベル認証など商業的な意味合いで選ばれることが多く、度々過度な象徴化が問題になります。

日本では、ホタルが主に象徴種として使われがちです。

象徴種として確認されている例は以下の通りです。

【象徴種の例】

  • ゲンジホタル・ヘイケホタル
  • トンボ
  • メダカ
  • リス
  • トキ
  • コウノトリ
  • ハクトウワシ
  • ジャイアントパンダ

象徴種の選び方

象徴種の選び方について、10個の項目が挙げられていますBowen-Jones and Entwistle(2002)Identifying appropriate flagship species

  1. Geographical distribution(地理的分布):生息地を代表している種
  2. Conservation status(保全状況):保全状況が地域で共通認識されている種
  3. Ecological role(生態系での役割):重要な役割を持っている種
  4. Recognition(認知度):他の種と間違えられない種
  5. Existing usage(利用状況):他の団体・製品で使われていない種
  6. Charisma(カリスマ性):興味を強く引く寄せる種
  7. Cultural significance(文化的価値):地域文化に根ざしている種
  8. Positive associations(共感性):人が好ましく感じる種
  9. Traditional knowledge(歴史的認識):地域の歴史と関係が深い種
  10. Common names(一般名称):名称が広く認識されている種

しかし、この手法の問題点が多く指摘されています。

この手法の問題点については、下記にてまとめていますのでご参照ください。

まとめ

保全対象種「アンブレラ種・キーストーン種・希少種・象徴種」

保全対象種「アンブレラ種・キーストーン種・希少種・象徴種」についてまとめました。

生態学についてより深く勉強するのに、おすすめの書籍をまとめていますのでご参照ください。

また、「生物多様性・生態系とは何か」を子どもと簡単に勉強できる教材をまとめていますので、興味があればご参照ください。