研究のための重要なデータを収集するために、現地調査(フィールドワーク)をしています。
研究対象地によっては、致命的な危険と隣り合わせな場所で調査を行います。
調査者(フィールドワーカー)は、研究者・科学者・探検家・冒険家・登山家・写真家などの経験・知識を学んで、しっかり事前準備をすることで危険を避けなければなりません。
今回は、雪山フィールドワーク時の「雪崩の危機管理」についてまとめます。
目次
雪崩の種類について
雪崩は、雪の強度とストレスのバランスが崩れることで発生し、大量降雪・太陽光などの「自然的要因」・人の荷重が増えたことなどの「人為的要因」が原因です。
雪崩は、「雪質・発生の形・滑り面の位置」によって8つのタイプに分かれます。
発生の形 | |||||
点発生 | 面発生 | ||||
雪質 | 乾雪 | 点発生乾雪表層雪崩 | 点発生乾雪全層雪崩 | 面発生乾雪表層雪崩 | 面発生乾雪全層雪崩 |
湿雪 | 点発生湿雪表層雪崩 | 点発生湿雪全層雪崩 | 面発生湿雪表層雪崩 | 面発生湿雪全層雪崩 | |
表層 | 全層 | 表層 | 全層 | ||
滑り面の位置 |
雪質
雪質によって乾雪雪崩・湿雪雪崩に分類することができます。
乾雪雪崩は、密度が低いので軽くて速いのが特徴ですが、雪の結晶力が強いので雪崩が起きにくいため起きた時は規模は大きくなる傾向です。
スピードが非常に速くチリ状に細かく拡散した「雪煙型」になると、爆風のために威力が上がります。
湿雪雪崩は、乾雪の雪崩より遅くて、沢・窪地などの地形形状に沿うように流れますが、高い密度のため破壊力は強大になる傾向です。
夜間を通して0°C以上の気温・強い日射・大降雨などの雪の結合力が落ちる気象条件で発生しやすくなります。
発生の形
点発生雪崩は、新雪が多く積もった時に発生しやすく、一点からくさび状に動き出して雪崩が起きます。
面発生雪崩は、板状の雪の層「スラブ」の結合力が弱い境界面が生じ、それが滑り面となって雪崩が起きます。
滑り面の位置
全層雪崩は、地面を滑りめんとして全ての積雪が流れ落ちる雪崩です。
表層雪崩は、弱層・ウィークインターフェイスを滑り面として表層の雪が流れ落ちる雪崩です。
アバランチ・ハザード・トライアングルについて
アバランチ・ハザード・トライアングルとは、雪崩のリスクの高低を決定付ける「雪崩地形」「不安定な積雪」「人と施設」の3つの要素を示しています。
この3要素に注意を払うことで、雪崩の危険を避けることが可能になるのです。
【要素ごとの危機管理】
- 危機管理①雪崩地形を避ける
- 危機管理②積雪状況を確認する
- 危機管理③雪上での正しい行動を取る
危機管理①雪崩地形を避ける
雪崩地形を避けるためには、山を眺めた時に雪崩地形かどうかを見極めることが大事です。
雪崩の通り道になっているところを「アバランチパス(avalanche pass)」と呼び、雪崩が起きる「発生区」・雪崩が流れる「走区」・流れが止まる「堆積区」に分かれています。
アバランチパスでは頻繁に雪崩が起きるため、樹木が大きく育たないので、遠目で見る比較的わかりやすいです。
アバランチパスをできる限り避けるようなルートファインディングをしましょう。
また、雪崩は発生した地点の地形によって、破壊力が増したり深く埋没させるなど大きな被害を与えやすい場所があり、そのような場所を「地形の罠」と呼びます。
地形の罠は主に次のような場所で、非常に注意が必要です。
- 崖
- 谷底の深い沢・漏斗状の沢
- クレバス
- 岩
- オープンバーンの下にある樹木帯
危機管理②積雪状況を確認する
積雪が圧密しているかどうか判断するために、「セトルメントコーンの確認」「フットペネトレーション」を実施します。
セトルメントコーンとは樹木の幹の周りの盛り上がった積雪で、これができていれば積雪が圧密している証です。
フットペネトレーションとは、積雪に足を突っ込んでどのくらい貫通するかを確認する方法で、場所ごと・時間経過での違いに注意を払います。
積雪を観察するだけでもで、雪崩の危険がないことを確認できることがあります。
- 雪崩跡がないか
- ワッフ音がしないか:歩行時に積雪内部から聞こえる音
- クラックがないか
表面的なものだけではなく、積雪層の内部まで確認しようとすると「ピットチェック(pit check)」をする必要があります。
ピットチェック(pit check)
ピットチェック(pit check)とは、積雪に竪穴を掘って積雪断面を確認することで、弱層を確認するテストのことです。
手順は以下の通りです。
- ピッチの位置決め:雪崩の危険がありそうな斜面・セーフティゾーンがない地帯などでは入念に行う必要があるが、行動する全ての斜面で行うと行動時間が足りなくなるので、行動計画で事前にある程度の位置・時間を決めておく
- ピットを掘る場所決め:雪崩等の危険がない・風の影響が少ない・樹木のない場所が積雪が安定するので好ましい場所です。
- ピットを掘る:斜面に直角にシャベルを入れて、1〜2m程度掘る。
- 断面を観察:断面の上から下に向かって指等を押し入れて、硬さを実際に調べてみる。
- コンプレッションテスト:シャベルで30〜50cm四角柱を切り出して、スコップを乗せ、その上から手で力を加えてどの程度の力で破断するかを確認する。
【コンプレッションテストの基準】
破壊基準 | 積雪の状況 |
切り出している最中に破断 | 5:非常に不安定 |
手首を使い、手のひらで10回叩くと破断 | 4:非常に悪い |
肘から先を使い、拳で10回叩くと破断 | 3:結合状態が悪い |
腕全体を使い、拳で10回叩くと破断 | 2:概ね安定 |
上記の手順でも破断しなかった | 1:安定 |
コンプレッションテスト以外の方法として、信頼性が高い「ルッチブロックテスト」は時間が非常にかかり、主観に陥りやすい「ハンドテスト」「シャベルシアーテスト」などがありますが、総合的にコンプレッションテストが好ましいと思います。
危機管理③雪上での正しい行動を取る
雪山で適切な行動・判断が取れないと、雪崩に遭遇する発生率を高める・雪崩による被害が大きくなるなどの事故の原因になります。
雪上で求められる正しい行動は以下のものが挙げられます。
【雪上での正しい行動】
- 入山前に事前準備を行う
- 斜面の上下に人が重ならないようにする
- セーフティゾーンをつなぐ
- 上からセーフティゾーンに入らない
- トラバースしない
- 強風時に安易に風下に移動しない
- アバランチパスを通過する時は素早く安全に
- 休憩時は上方を見ながら
入山前に事前準備を行う
雪山は通常の登山以上に準備が必要になります。
- 雪山講習会に参加する:登山道具の販売会社などが実施している
- 装備を整える:雪・寒さ・雪崩などの対策に必要な道具
- 行動計画書の作成、入山届の提出:適切なコース選択、緊急連絡先、悪天時のエスケープ方法の決定
- 経験者とパーティを組む:リスクマネージメントに精通している雪山経験者・ガイド等をリーダーとして迎える
雪崩に実際にあってしまって、セルフレスキューが必要で、その知識も事前に学んでなければなりません。
斜面の上下に人が重ならないようにする
雪崩を引き起こす原因のほとんどが人の動きです。
そのため、「斜面の上部に人がいたらその下に入らない」「斜面の下部に人がいたらその上に入らない」が基本になります。
他人が起こした雪崩に巻き込まれず、自分の起こした雪崩に人を巻き込ませないことが重要です。
セーフティゾーンをつなぐ
雪山において、雪崩・転滑落の危険が少ない「樹林帯・傾斜の緩い斜面・広い尾根」などをセーフティゾーンと呼びます。
このセーフティゾーンをつないでルート選択をすると比較的安全に進むことが可能です。
樹木帯は基本的にセーフティゾーンとして機能するが、雪と木の間に大きなツリースポットという穴が開くことがあるので注意は必要になります。
広い尾根も基本的にセーフティゾーンとして機能するが、見通しが悪い場合には迷いやすいので、GPSなどのナビゲーションシステムは必須になります。
上からセーフティゾーンに入らない
セーフティゾーンは比較的雪崩の危険が少ないだけで、雪崩の危険はなくなりません。
パーティーで行動する際、上からセーフティゾーンに入っていくと、雪崩を引き起こしてしまった際に仲間を巻き込んでしまいます。
真上から仲間の元に駆けつけるのではなく、回り込んで横・下から合流するのが得策です。
トラバースしない
斜面を横切って移動するトラバースは、積雪に大きなストレスをかける行為で、雪崩の危険が大きくなります。
積雪安定性が低い斜面では必ずトラバースを避けなければなりません。
どうしてもトラバースする必要がある場合は、スキー板よりつぼ足が良く、同じトラックラインを辿ることが求められます。
強風時に安易に風下に移動しない
強風時に風下に移動すると、ウィンドスラブが形成されている可能性がある地点に移動することになります。
ウィンドスラブは、風上側の斜面から巻き上げられ風下側の斜面に堆積した密度の高い雪で、雪崩の危険性が非常に高いです。
吹雪の中で風上に移動するのは困難ですが、風下に弱層があるなど雪崩の危険が少しでもあるなら、安全な風上に移動する方が好ましいです。
アバランチパスを通過する時は素早く安全に
アバランチパスを避けられるのが1番ですが、やむを得ず通過しなくてはいけない時があります。
そのときに第一に優先すべきことはスピードで、セーフティゾーンまで最短時間でいくラインどりが大事です。
万が一雪崩が起きた時のことを考え、一人ずつ渡るのが原則になります。
最短で通り抜けても全員が順番に通ると時間がかかる場合は、間隔をあけて渡りましょう。
休憩時は上方を見ながら
雪山行動時の休憩は、雪崩の危険が比較的少ないところで行いましょう。
しかし、雪崩の危険は常にあるので、警戒を解くべきではありません。
誰かは必ず上方を見て、何か変異が起きないか観察しましょう。
まとめ
雪山フィールドワーク時の「雪崩の危機管理対策」についてまとめました。
十分な準備をしてフィールドワークへ挑み、良い研究に繋げていきたいと思います。
雪山に必要な装備・についてまとめましたので、参考にしていただければ幸いです。
また、事前準備として必要な知識の習得に用いた書籍をまとめましたので、参考までに紹介します。